すごく久しぶりな人たちとSkypeで会話をしたので,その勢いで更新。
最後の記事はなんと2014年12月。大変お久しぶりでございます。
それでも閉鎖せず,ふと更新されるこのブログ。かなりしぶとい。
ちゃんとログインIDとパスワードも覚えていた。我ながらすごいと思う。
このところの近況。
今年の3月に大学院修士課程を修了しまして,4月から働くようになりました。
都心のとある相談窓口で,相談員をしています。
今の仕事は,実はあまりオーソドックスな臨床心理の仕事ではなくて,慣れないことも多いけれど,でもそれ故に専門の枠に囚われずに,色んなことを学ぶことができる環境でもあるように思います。
そして,メインの相談業務とは別に,他の色々な窓口や事業にもかかわる機会に恵まれていて,引きこもり関連の事業にもかかわっています。
これぞ我が得意分野。なんてったって当事者。
また,職場とは別のところで研修生として,一般に臨床心理と呼ばれる枠での相談員もしています。
仕事も色んな事業に顔を出しているので,二足どころか,三足,四足くらいの草鞋を履いているような気分です。
趣味もそれなりに継続をしていて,新しい流派(新舞踊)でも日本舞踊を習い始めました。これまで学んでいたの古典舞踊との違いにカルチャーショックを受けつつも,いい気分転換になっています。
お茶は正直あまり最近できていないのだけど,お花も継続しています。先日は小学生たちの華道の先生になったりもしました。
そんなこんなで,かなり慌ただしいながらも,それなりに充実した日々を過ごしています。
すっかりブログからは遠のいていましたが,私は元気です。
そしてこうして書いていて,どうやら私の生活の中で,人との繋がりが広がれば広がるほど,ブログが書きづらくなって,その結果更新が遠のいていたことに気づきました。
特に,外部実習で大学院の内部に留まらない人間関係ができはじめてから,それは顕著であったように思います。
一応は匿名でやっているこのブログですが,いかんせん私の経歴と志向性が独特すぎるので,私を知っている人が見ると恐らくすぐに特定できてしまうのではないかと思うのです。
仕事柄,利用者の方にこういったプライベートな面を知られてしまうのはあまりよくないことだし,過去の記事を掘り返せば,拗らせた中二病のようなイタい記事もたくさんでてくるこのブログ,もちろん関係各位に知られれば赤面必至。
こういった場所に自分に関わる手掛かりを残すことを,いつからかかなり恐れるようになっていたようです。
とはいえ,長年続けてきたこのブログは,私自身の足跡でもあって,それを消したりすることはもちろんしたくない。
けれども,実際的な影響を考えると…もしかすると今後,過去の記事を非公開にする等の措置が必要となるのかもしれません。
すぐにそういう措置をとるわけではないけれど,もしかするとそのうち,そういうことがあるかもしれません。
まあとにかく,今日のところは『お久しぶりです。私は割と元気です」ということで。
また来ます。いつになるのかは未定ですが,必ず。
最後の記事はなんと2014年12月。大変お久しぶりでございます。
それでも閉鎖せず,ふと更新されるこのブログ。かなりしぶとい。
ちゃんとログインIDとパスワードも覚えていた。我ながらすごいと思う。
このところの近況。
今年の3月に大学院修士課程を修了しまして,4月から働くようになりました。
都心のとある相談窓口で,相談員をしています。
今の仕事は,実はあまりオーソドックスな臨床心理の仕事ではなくて,慣れないことも多いけれど,でもそれ故に専門の枠に囚われずに,色んなことを学ぶことができる環境でもあるように思います。
そして,メインの相談業務とは別に,他の色々な窓口や事業にもかかわる機会に恵まれていて,引きこもり関連の事業にもかかわっています。
これぞ我が得意分野。なんてったって当事者。
また,職場とは別のところで研修生として,一般に臨床心理と呼ばれる枠での相談員もしています。
仕事も色んな事業に顔を出しているので,二足どころか,三足,四足くらいの草鞋を履いているような気分です。
趣味もそれなりに継続をしていて,新しい流派(新舞踊)でも日本舞踊を習い始めました。これまで学んでいたの古典舞踊との違いにカルチャーショックを受けつつも,いい気分転換になっています。
お茶は正直あまり最近できていないのだけど,お花も継続しています。先日は小学生たちの華道の先生になったりもしました。
そんなこんなで,かなり慌ただしいながらも,それなりに充実した日々を過ごしています。
すっかりブログからは遠のいていましたが,私は元気です。
そしてこうして書いていて,どうやら私の生活の中で,人との繋がりが広がれば広がるほど,ブログが書きづらくなって,その結果更新が遠のいていたことに気づきました。
特に,外部実習で大学院の内部に留まらない人間関係ができはじめてから,それは顕著であったように思います。
一応は匿名でやっているこのブログですが,いかんせん私の経歴と志向性が独特すぎるので,私を知っている人が見ると恐らくすぐに特定できてしまうのではないかと思うのです。
仕事柄,利用者の方にこういったプライベートな面を知られてしまうのはあまりよくないことだし,過去の記事を掘り返せば,拗らせた中二病のようなイタい記事もたくさんでてくるこのブログ,もちろん関係各位に知られれば赤面必至。
こういった場所に自分に関わる手掛かりを残すことを,いつからかかなり恐れるようになっていたようです。
とはいえ,長年続けてきたこのブログは,私自身の足跡でもあって,それを消したりすることはもちろんしたくない。
けれども,実際的な影響を考えると…もしかすると今後,過去の記事を非公開にする等の措置が必要となるのかもしれません。
すぐにそういう措置をとるわけではないけれど,もしかするとそのうち,そういうことがあるかもしれません。
まあとにかく,今日のところは『お久しぶりです。私は割と元気です」ということで。
また来ます。いつになるのかは未定ですが,必ず。
PR
とっても,お久しぶりです。
生きてます。anotherです。
大学院生になって,忙しさにひいひい言いながら毎日をどうにか過ごしています。
大学院生という役職は,絶対に健康上よくないです。身体的にも,精神的にも。
僕には,ギルドのサブマスターぐらいが性に合ってます。
ふと,ギルドのサブマスターを満喫していた,そんな日々に還ってみたいと思うこともあります。
人間の脳っていうのは不思議なもので,学校に通えなくて毎日死にたいと思いながら過ごしていた過去ですら,適度に美化して楽しいものだったと思えるようにしてしまう,そんな不思議な機構が備わっているようで。
(もっとも,エタカにどっぷり浸かってた頃は本当に楽しくもあったのだけれど)
みんな,元気にやってるかな。
1ヵ月くらい限定で,あの日に還りたいかも。
もしそんなことができたとしたら,きっとあの日あの時よりもずっと楽しめることだと思う。
不登校時代は言ってみれば娯楽に呑まれてしまっていたような状態だったし,ふと考えてみると,娯楽というものは,余暇活動だからこそ楽しめるんだろうなあ,と思う。
ゲームのシステムはお粗末なもので,運営もかなりお粗末なところではあったけれど,すごく楽しかった記憶が今もこうしてありありと思い出せるのは,とてもありがたいことであって,僕にとって貴重な財産となっている。
人生,何が作用するかわからないものでして。
ふとここに帰ってきてみて(本当に長い事放置していてごめんなさい。忙しかったのと,復帰の書き出す文句を思い付かずにいました),あの頃のことを思い出してみると,ちょっと元気が出て,明日からも頑張ってみようかな,なんてことを思うのです。
これからも,無理のない範囲で,更新していこうと思います。
(今回ほど,更新頻度が空かない程度には…)
どうか気長に,お付き合いください。
生きてます。anotherです。
大学院生になって,忙しさにひいひい言いながら毎日をどうにか過ごしています。
大学院生という役職は,絶対に健康上よくないです。身体的にも,精神的にも。
僕には,ギルドのサブマスターぐらいが性に合ってます。
ふと,ギルドのサブマスターを満喫していた,そんな日々に還ってみたいと思うこともあります。
人間の脳っていうのは不思議なもので,学校に通えなくて毎日死にたいと思いながら過ごしていた過去ですら,適度に美化して楽しいものだったと思えるようにしてしまう,そんな不思議な機構が備わっているようで。
(もっとも,エタカにどっぷり浸かってた頃は本当に楽しくもあったのだけれど)
みんな,元気にやってるかな。
1ヵ月くらい限定で,あの日に還りたいかも。
もしそんなことができたとしたら,きっとあの日あの時よりもずっと楽しめることだと思う。
不登校時代は言ってみれば娯楽に呑まれてしまっていたような状態だったし,ふと考えてみると,娯楽というものは,余暇活動だからこそ楽しめるんだろうなあ,と思う。
ゲームのシステムはお粗末なもので,運営もかなりお粗末なところではあったけれど,すごく楽しかった記憶が今もこうしてありありと思い出せるのは,とてもありがたいことであって,僕にとって貴重な財産となっている。
人生,何が作用するかわからないものでして。
ふとここに帰ってきてみて(本当に長い事放置していてごめんなさい。忙しかったのと,復帰の書き出す文句を思い付かずにいました),あの頃のことを思い出してみると,ちょっと元気が出て,明日からも頑張ってみようかな,なんてことを思うのです。
これからも,無理のない範囲で,更新していこうと思います。
(今回ほど,更新頻度が空かない程度には…)
どうか気長に,お付き合いください。
2か月ほど前に歯痛が酷くて歯医者さんに行ったところ、歯痛の直接的な原因ではないらしいものの、実は虫歯が8本もあるという事実を知り、ちびちびと治療していたものが今日完了した。
8本の虫歯は全て象牙質まで進行していたらしく(いわゆるC2)、治療はそこそこ痛みを伴うものであり、中々の苦痛であった。
ただ、歯医者さんに言わせれば全部あまりひどくない虫歯であったらしく、麻酔をしたり神経を抜いたりという大きな処置もなく、少し削って詰め物を詰める、という処置の繰り返しであった。
痛みこそあったものの完治したのだから万々歳!と言いたいところなのだけど、問題が2つ。
1つは、一番最後に(つまり今日)治療した歯が痛むこと。
歯医者さん曰く、「1~2週間はしみやすいかもしれない」とのことなので、涙をのんで我慢するほかない。
2つ目は、削れた歯の穴にレジンという詰め物を埋め込む作業が、どうにも最近自分で行った靴底の補修作業ととても似ているような気がして、気持ちが悪いことである。
8本の虫歯は全て象牙質まで進行していたらしく(いわゆるC2)、治療はそこそこ痛みを伴うものであり、中々の苦痛であった。
ただ、歯医者さんに言わせれば全部あまりひどくない虫歯であったらしく、麻酔をしたり神経を抜いたりという大きな処置もなく、少し削って詰め物を詰める、という処置の繰り返しであった。
痛みこそあったものの完治したのだから万々歳!と言いたいところなのだけど、問題が2つ。
1つは、一番最後に(つまり今日)治療した歯が痛むこと。
歯医者さん曰く、「1~2週間はしみやすいかもしれない」とのことなので、涙をのんで我慢するほかない。
2つ目は、削れた歯の穴にレジンという詰め物を埋め込む作業が、どうにも最近自分で行った靴底の補修作業ととても似ているような気がして、気持ちが悪いことである。
2か月くらい、更新が滞っておりました。
お久しぶりです。相変わらずこの世の万物から恨まれながら、命の駆け引きをする日々を送っています。
嘘です。命の安全はそこそこ保障されていると思います。ですが、ストレスと多忙でちょっと倒れるかも…なんていう時期はたまにあります。
そんな感じで生きています。どんな感じだよ?
更新を滞らせている間にも、もちろん色々ありました。
以下、簡単に羅列してみる。
・左目に眼瞼ヘルペスを発症、2か月以上経った今でも左目付近の肌が荒れ気味
・六本木ヒルズ森美術館のLOVE展へ行く
・自動車教習所に通い始める(MT)
・鎌倉・江の島を旅する(高校時代以来の江ノ水へも行きました)
・家でコロッケを食べながら台風をやり過ごす(台風18号)
・教習で怖いおばちゃん教官に遭遇して、涙目になりながら半クラッチの猛特訓をする
・話題だった半沢直樹、観ていなかったからまるで訳がわからないのに最終回だけ観る
・日本舞踊の観覧のため、国立劇場へ行く
・後期の授業が始まる
・4年生なのにサークルにでしゃばりまくり、サークル2つと卒論の挟撃に遭って瀕死の重傷を負う
・家でコロッケを食べながら台風をやり過ごす(台風26号)
・満身創痍の状態で学園祭にもでしゃばりまくり、花器を4つ使った4倍大きいお花をいける、お茶席でバリバリお点前する、日本舞踊の舞台にもセンターで跳ね回るなどする
・幽霊部員のくせ、部室を私用(女の子とにゃんにゃん)のために使うなどして調子に乗りすぎていた、サークル内のとある1年生に天誅を下す
・六本木のスヌーピー展に行く
などなどありました。
もちろん、ここに羅列した出来事の裏では、常に卒論との命の削り合いが行われておりまして、今も現在進行形で命を懸けた戦いをしております。
実験が終わらない…。被験者が集まらない…。
しかし書き出していて思ったのは、Twitterはよくない。非常によくない。
ツイートしてそこそこ満足してしまうくせに、140文字の情報量などたかが知れているし、そんなたかが知れた情報すらもあっという間に流されていく。
簡単な感想、あるいは覚え書き程度ならばいいけれど、中長期的なログにはあまり向いていない気がする。
可能な限り、日々の生活に流されて忘却してしまうような、些細な自身の感情・気付いたことをこういうところに書き留めておきたい。
ブログの更新がまばらになってからの、時間と一緒に流れ出してしまった数多くの記憶たちのことを思うと、実にもったいない気分になるのである。
お久しぶりです。相変わらずこの世の万物から恨まれながら、命の駆け引きをする日々を送っています。
嘘です。命の安全はそこそこ保障されていると思います。ですが、ストレスと多忙でちょっと倒れるかも…なんていう時期はたまにあります。
そんな感じで生きています。どんな感じだよ?
更新を滞らせている間にも、もちろん色々ありました。
以下、簡単に羅列してみる。
・左目に眼瞼ヘルペスを発症、2か月以上経った今でも左目付近の肌が荒れ気味
・六本木ヒルズ森美術館のLOVE展へ行く
・自動車教習所に通い始める(MT)
・鎌倉・江の島を旅する(高校時代以来の江ノ水へも行きました)
・家でコロッケを食べながら台風をやり過ごす(台風18号)
・教習で怖いおばちゃん教官に遭遇して、涙目になりながら半クラッチの猛特訓をする
・話題だった半沢直樹、観ていなかったからまるで訳がわからないのに最終回だけ観る
・日本舞踊の観覧のため、国立劇場へ行く
・後期の授業が始まる
・4年生なのにサークルにでしゃばりまくり、サークル2つと卒論の挟撃に遭って瀕死の重傷を負う
・家でコロッケを食べながら台風をやり過ごす(台風26号)
・満身創痍の状態で学園祭にもでしゃばりまくり、花器を4つ使った4倍大きいお花をいける、お茶席でバリバリお点前する、日本舞踊の舞台にもセンターで跳ね回るなどする
・幽霊部員のくせ、部室を私用(女の子とにゃんにゃん)のために使うなどして調子に乗りすぎていた、サークル内のとある1年生に天誅を下す
・六本木のスヌーピー展に行く
などなどありました。
もちろん、ここに羅列した出来事の裏では、常に卒論との命の削り合いが行われておりまして、今も現在進行形で命を懸けた戦いをしております。
実験が終わらない…。被験者が集まらない…。
しかし書き出していて思ったのは、Twitterはよくない。非常によくない。
ツイートしてそこそこ満足してしまうくせに、140文字の情報量などたかが知れているし、そんなたかが知れた情報すらもあっという間に流されていく。
簡単な感想、あるいは覚え書き程度ならばいいけれど、中長期的なログにはあまり向いていない気がする。
可能な限り、日々の生活に流されて忘却してしまうような、些細な自身の感情・気付いたことをこういうところに書き留めておきたい。
ブログの更新がまばらになってからの、時間と一緒に流れ出してしまった数多くの記憶たちのことを思うと、実にもったいない気分になるのである。
今日は、サークル(茶華道)の面々と高島屋でやっている池坊展に行ってきた。
普通の花展ではあまり見られない雰囲気の作品がいくつもあって、かなり勉強になった。
ちょっと近代的だったりするものとか、外国がモチーフになっていたものとか。
後は、小6の女の子が活けたというお花があったのだけど、それが滅茶苦茶上手くてびっくりした。
ちょっと自信を失った。
花展を見た後は、五右衛門でお昼を食べた。
実は、五右衛門に入ったのは今回が初めて。
毎日通学する途中にも五右衛門はあるのだけど、なんとなく入ったことがなかった。
たらこと海老と湯葉の京風だし仕立て、なるものを頼んだ。
パスタに湯葉って、斬新だと思う。美味しかった。
談笑しながらお昼を食べた後、少し東京駅の近辺をうろついたりもしたのだけど、結局やることが何もなくて帰宅。
地元の駅には午後3時ごろに帰ってきたのだけど、青空と木々の緑を見ていたらおとなしく帰るのが勿体なくなって、地元の大きめな公園を散歩した。
子どもたちが元気に遊んでいたよ( ´ `)
青い空、繁る木々の緑。もう、すっかり夏だなあ。
公園から帰る途中に大学の先輩のバイト先に冷やかしに行ったら、運よく出会えた。
専門学校に進学して最近少し弱っていたらしいので、生存確認ができてちょっと安心。
お客さんが多くて忙しそうだったので、ちょろっと申し訳程度に買い物をして挨拶だけして離脱。
帰宅後にエタカを起動したら、かなり久々な友人と会話することができた。嬉しかった。
女性を無二の天敵としていた(母以外の女性ならば誰であれ、私の悪口を言っているように見えた)引き篭もり時代の私が、チャットとは言え普通に接することができていた数少ない女性の一人。顔も名前も知らないのだけど。
インターネットって不思議。
引き篭もり時代は他に比べてしまうとどうしても負の側面が大きいけれど、あの頃にゲームをやりこんだからこそ出会えた人達がいて、彼ら・彼女らがいなければ今の私は存在しえないくらいに、学ぶことも多かった。
現実から逃避していた頃の仮想空間での思い出だって、私にとっては大切なもの。
ゲームなんて、ちょっと久しぶりだった。
忙しすぎて趣味に費やす時間なんて全然持てなかったからなあ・・・。
ブログも2~3日に1回は書けるくらいの状態ではあるし、生活サイクルにようやく慣れることができてきたのだと思う。
エタカもさすがに平日は厳しいが、休日にちょろっとINするくらいならできるのかもしれない。
と言うか、それくらいの息抜きはしたい。
・・・で、こんなぶつ切りしまくりな記事で何が言いたいのかと言いますと。
この1日、私にしてはかなり珍しく滅茶苦茶に充実していたのよ、ということです。
朝から晩まで、色んな方向に於いてばっちり楽しめたと言うか、そんな感じ。
普通の花展ではあまり見られない雰囲気の作品がいくつもあって、かなり勉強になった。
ちょっと近代的だったりするものとか、外国がモチーフになっていたものとか。
後は、小6の女の子が活けたというお花があったのだけど、それが滅茶苦茶上手くてびっくりした。
ちょっと自信を失った。
花展を見た後は、五右衛門でお昼を食べた。
実は、五右衛門に入ったのは今回が初めて。
毎日通学する途中にも五右衛門はあるのだけど、なんとなく入ったことがなかった。
たらこと海老と湯葉の京風だし仕立て、なるものを頼んだ。
パスタに湯葉って、斬新だと思う。美味しかった。
談笑しながらお昼を食べた後、少し東京駅の近辺をうろついたりもしたのだけど、結局やることが何もなくて帰宅。
地元の駅には午後3時ごろに帰ってきたのだけど、青空と木々の緑を見ていたらおとなしく帰るのが勿体なくなって、地元の大きめな公園を散歩した。
子どもたちが元気に遊んでいたよ( ´ `)
青い空、繁る木々の緑。もう、すっかり夏だなあ。
公園から帰る途中に大学の先輩のバイト先に冷やかしに行ったら、運よく出会えた。
専門学校に進学して最近少し弱っていたらしいので、生存確認ができてちょっと安心。
お客さんが多くて忙しそうだったので、ちょろっと申し訳程度に買い物をして挨拶だけして離脱。
帰宅後にエタカを起動したら、かなり久々な友人と会話することができた。嬉しかった。
女性を無二の天敵としていた(母以外の女性ならば誰であれ、私の悪口を言っているように見えた)引き篭もり時代の私が、チャットとは言え普通に接することができていた数少ない女性の一人。顔も名前も知らないのだけど。
インターネットって不思議。
引き篭もり時代は他に比べてしまうとどうしても負の側面が大きいけれど、あの頃にゲームをやりこんだからこそ出会えた人達がいて、彼ら・彼女らがいなければ今の私は存在しえないくらいに、学ぶことも多かった。
現実から逃避していた頃の仮想空間での思い出だって、私にとっては大切なもの。
ゲームなんて、ちょっと久しぶりだった。
忙しすぎて趣味に費やす時間なんて全然持てなかったからなあ・・・。
ブログも2~3日に1回は書けるくらいの状態ではあるし、生活サイクルにようやく慣れることができてきたのだと思う。
エタカもさすがに平日は厳しいが、休日にちょろっとINするくらいならできるのかもしれない。
と言うか、それくらいの息抜きはしたい。
・・・で、こんなぶつ切りしまくりな記事で何が言いたいのかと言いますと。
この1日、私にしてはかなり珍しく滅茶苦茶に充実していたのよ、ということです。
朝から晩まで、色んな方向に於いてばっちり楽しめたと言うか、そんな感じ。
カレンダー
04 | 2025/05 | 06 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | ||||
4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
カウンター
プロフィール
HN:
another
年齢:
33
性別:
男性
誕生日:
1992/03/21
職業:
社会人
趣味:
日本文化に触れること
自己紹介:
不登校時代に「エターナルカオス」というゲームが大好きだった、とある平成生まれ。
現在は、どうにかこうにか社会人。
【座右の銘】
明日は明日の風が吹く
現在は、どうにかこうにか社会人。
【座右の銘】
明日は明日の風が吹く
カテゴリー
最新コメント
[02/20 えごっち]
[01/20 ぱう]
[10/30 みやりん]
[09/01 栖依]
[03/19 ぱう]
[06/25 佐久真]
[06/19 佐久真]
[06/07 佐久真]
[05/11 佐久真]
[05/07 佐久真]
ブログ内検索
最新トラックバック
アクセス解析